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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)10580号 判決

原告 奈良潔

被告 渡辺寿助

右訴訟代理人弁護士 大野忠男

主文

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

1、被告は原告に対し、別紙目録第二記載の建物を収去して、別紙目録第一記載の土地の明渡をせよ。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

主文と同旨の判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告の父である訴外奈良親知は、昭和二五年一〇月二四日、原告の代理人として被告に対し原告所有の別紙目録第一記載の土地(以下「本件土地」という)のうち南側部分五一坪八合四勺を、堅固でない建物所有の目的で、期間二〇年、賃料一ヵ月金七七〇円六〇銭の約束で賃貸した。そして、その際特約として被告は賃貸人の承諾なしには地上に工作物を新築し又は現存建物を増改築しもしくは変更工事をしない旨約した。

二、原告代理人奈良親知は、昭和三二年一〇月九日本件土地のうち訴外田中孫次郎に賃貸していた二一坪六合の土地を当初の部分とあわせて被告に賃貸した。

三、被告は、賃借当初本件土地上に、(イ)家屋番号東京都墨田区石原町一六番の四、木造モルタル塗セメント瓦葺平家建居宅一棟建坪一二坪の建物(以下「(イ)の建物」という。以下も同様に略称する。)を建築所有していたが、その後、(ロ)家屋番号同町一六番の一一、鉄骨造鋼板葺平家建工場一棟二二坪五合、(ハ)、(ロ)建物の附属、鉄骨造鋼板葺平家建倉庫一棟一二坪、(ニ)、(ロ)建物の附属、木造鋼板葺二階建居宅一棟建坪三坪二階二坪及び、(ホ)、家屋番号同町一六番の一二鉄骨造木造鋼板葺二階建倉庫兼居宅一棟建坪三〇坪三合三勺、二階三一坪五合の各建物を建築し、さらにこれらをつないで外観上も実質上も一個の建物とするに至った。これらの建物のうち本件土地上に存するものは別紙目録第二記載のとおりであり、その登記簿上の表示は、(ニ)及び(ホ)の建物(以下「本件建物」という。)である。

四、本件建物は階下の柱及び梁等が鉄骨であって、その材料や構造からみて耐久力、堅牢性があり、借地法にいわゆる「堅固な建物」である。

被告がこのように本件土地上に鉄骨造の堅固な建物を建築したのは、前記賃貸借契約の特約に反しかつ重大な用法違反であり、同時に信義則に反するものである。

五、そこで、原告は被告に対し、昭和三七年三月二日附の内容証明郵便をもって同書面到達の日より一〇日以内に前記建物を非堅固の建物に変更するよう催告したが被告はこれを履行しないので、同月二〇日到達の内容証明郵便によって前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

六、よって、原告は被告に対し、賃貸借契約の解除に基き、本件建物を収去して本件土地の明渡をすることを求める。

第三、請求原因に対する答弁

一、請求原因第一項のうち、被告が原告よりその主張の日に、土地五一坪八合四勺をその主張の期間、賃料で賃借したことは認めるが、その余は否認する。賃借の目的は堅固でない建物所有の目的ではなく、単に工場と住居を建てる目的であった。

二、第二項は認める。

三、第三項のうち、被告が当初(イ)の建物を建築し、その後(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)の建物を建築し、(ニ)、(ホ)の建物(本件建物)が本件土地上にあることは認める。(ロ)、(ハ)の建物は本件土地上になく訴外外山静江の所有地上にある。また、(イ)の建物は昭和三三年秋頃被告が取壊し、その後に、(ホ)の建物を建築したのである。

四、第四項は否認する。「堅固な建物」とは耐火性が大きく、取壊しも困難な建物をいうのであって、本件建物は一階の柱及び梁のみが鉄材であり、他は木材を使用していて、それにモルタル塗をしているに過ぎないから、火災にあえば鉄材も変型してしまうし、鉄材もすべてボルトで取りつけてあるから、取壊しや解体もきわめて容易であって、「堅固な建物」とはいえない。

五、第五項は認める。

第四、抗弁

かりに、本件建物が堅固な建物であり、かつ、契約違反であるとしても、原告はこのことを知りながら長年の間異議も述べず賃料を受領し、さらには賃料の値上げをも求めてきたのであるから、いまさら用法違反を理由に契約解除の意思表示をしても、それは信義誠実の原則に反し効果を生じない。

すなわち、被告は鉄管金属管の切断加工を業としており、そのための工場と住居を建築するため本件土地を賃借することを原告に伝え、原告もこれを了承していた。そして、その後昭和三二年一〇月に土地の借増をして、前記(ホ)の建物を建築したときも原告はこれを知りながら何の異議も述べず、昭和三六年四月に現在の建物の状態になった後も引続き賃料を受領し、昭和三六年一二月分まで支払済である。原告は昭和三七年初め頃被告に対し本件土地の買取を申し入れ被告がこれを断ったところ、始めて用法違反を主張したのである。

第五、抗弁に対する答弁

抗弁事実を否認する。

証拠≪省略≫

理由

一、被告が、昭和二五年一〇月二四日原告の代理人奈良親知より原告所有の本件土地のうち南側部分五一坪八合四勺を原告主張の賃料、期間の約束で賃借し、昭和三二年一〇月九日本件土地のうち二一坪六合を当初の部分とあわせて賃借したことは、当事者間に争いがない。

二、原告はこの賃貸借は堅固でない建物の所有を目的とする約束であったと主張するけれども、かような明示の契約を認めるに足りる証拠はない。しかしながら、成立に争いのない甲第四号証に証人奈良親知の証言及び被告本人尋問の結果を考えあわせると、この賃貸借契約では特に建物の種類、構造を定めなかったことが認められるから、借地法第三条の規定により堅固でない建物の所有を目的とするものということになる。

三、被告が当初の建物を建築し、その後(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の建物を建築したこと、そのうち本件建物が本件土地上にあることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第五号証と証人浜田常雄の証言及び被告本人尋問の結果によれば、被告は本件土地のうち五一坪八合四勺を賃借してまもなく(イ)の建物を建築し、その後本件土地の東側にある訴外外山静江から賃借した土地上に(ロ)(ハ)の建物を建築し、昭和三二年秋頃本件土地上に(ニ)の建物及び(ホ)の建物のうち一階部分を建て、それと同時に(イ)の建物を取り壊し、昭和三二年末頃(ホ)の建物の二階部分を建築したことが認められる。

四、そこで、本件建物が堅固な建物であるかどうかを考察すると、本件建物のうち主要部分を占める(ホ)の建物の構造は、証人浜田常雄の証言及び検証の結果によれば次のとおりであると認められる。

(ホ)の建物は二階建であって、一階は巾三〇センチ高さ四五センチのコンクリートの基礎のうえに、厚さ六ミリ巾六五ミリのアングル四本で組み立てられた鉄骨ラジス柱一一本がたてられ、そのうち二本は高さ約一・八メートルのところまでは厚いコンクリートでおおわれた鉄筋コンクリートとなっている。あと五本の柱もコンクリートでおおわれており、残りの柱は鉄骨が露出したままである。柱と基礎とはボルトで連結してあるが、コンクリートでおおわれた柱については連結部分もコンクリートでおおわれている。一階天井の梁は厚さ六ミリ、巾六五ミリのアングルを組み合わせたトラスばりであり、梁と柱との連結はボルトでなされている。一階全体は事務所及び倉庫として使用されている。なお、二階は全部木造で、住居として使用されている。

以上認定のとおり、本件建物の主要部分である(ホ)の建物の一階は基礎構造がほとんど鉄骨で作られているので、二階が木造建物であるにもせよ、全体として普通の木造建物に比較して著るしく耐久力、堅牢性を有し、その構造、耐久力からみて借地法第二条にいわゆる堅固の建物に該当すると解するのが相当である。被告は堅固な建物かどうかは耐火性及び取り壊しの難易の点から判断すべきであると主張するけれども、借地法第二条が堅固な建物であるかどうかによって借地権の存続期間の長短を定めている点からみると、堅固かどうかは建物の寿命の長短によってこれを区別しているものと考えられるのであり、いいかえれば、建物の構造の堅牢性、耐久力の強弱がその区別の基準とされていると考えられる。耐久力のある建物は多く耐火性があり、取り壊しが難かしいことが多いであろうが、常にそうとも限らないのである。

五、それ故次に被告の抗弁について考えると、≪証拠省略≫(但し、後記信用しない部分を除く。)に、被告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

被告は昭和三二年秋頃当初建てていた(イ)の木造建物の上にかぶせるように(ホ)の建物を建築しようと計画したが(イ)の建物は借地の北側の境界ぎりぎりまで建っていたため、隣地借増の必要に迫られ、当時訴外田中孫次郎が原告より賃借していた本件土地のうち二一坪六合の賃借権を同年一〇月九日原告の父で当時本件土地を管理していた奈良親知の承諾を得て譲り受けることができた。そこで被告は直ちに(イ)の建物の上にかぶせて(ホ)の建物の一階部分を鉄骨造で建築し、(イ)の建物をとりこわした。奈良親知は本件土地のごく近所に住んでいたので、(ホ)の建物を建築されたことを知っていたが別段苦情も述べず、その後被告との間で本件土地の売買の交渉も行われ、原告は昭和三六年末まで本件土地の賃料を異議なく受領した。

この認定に反する証人奈良親知の証言の一部は信用できず、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告の父奈良親知ないし原告は昭和三二年秋被告が本件土地上に(ホ)の建物を建築したことを知りながら、昭和三六年末までこれに対して異議を述べなかったと認められるから、本件建物が建築されたことにつき黙示の承諾を与えたと解するのが相当である。従って原告の本件建物の建築を理由とする契約解除の意思表示は、その効力を生じないものといわなければならない。

六、よって、本件土地賃貸借契約の解除を前提とする原告の本訴請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古関敏正 裁判官 石崎政男 今井功)

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